水がいっぱいの贅沢

道東は新緑がまぶしい季節を迎えています。牧草地のタンポポも満開です。今朝はカッコウの声も聞こえました。

弊社の工事部門は、別海町のさる農家さんで水井戸掘削の工事をしています。

昨年の地震時の停電で牛を飼っている農家さんはとても大変だったと聞きます。朝ドラの「なつぞら」では牛の乳を手作業で搾っていますが、今の時代はもちろん電動の搾乳機を使うわけで、停電により乳が搾れず、また搾ったとしても冷やして保存することが出来なかったり、機器を温水で洗浄できなかったりと多くの牛乳を破棄することになったようです。そんなこともあって、非常用電源を導入する農家さんが増えているようですが、同時に水道が止まったときに備えて自前の水を確保したいとのことで、今年は水井戸掘削の依頼を複数いただいています。

道東はとても水が豊富です。とくに弟子屈町は屈斜路湖と摩周湖の二つのカルデラ湖という大きな水瓶を持っていますし、町全体がボウルのような形状で、地下水がたっぷりあります。なかでも南弟子屈から標茶町市街地にかけての釧路川沿いは、水井戸を掘削すると自噴します。電動のポンプがなくても水が勝手に地上に出てくるのです。

こちらは「コージィベール摩周南」のセンターハウス前庭です。自噴の井戸水が出ています。下に見えている緑はクレソンです。このように自噴の井戸水があればクレソンやわさびなどを栽培できるし、魚を飼うこともできます。水温は年間を通して7℃か8℃くらいで一定です。もちろん飲んでもおいしい軟水です。そんなおいしいミネラルウォーターがどんどんあふれ出ているのですからもったいないというか、なんとも贅沢です。

世界的にはこれからの時代、水不足が深刻な問題になるとのことですが、道東にいればそんな心配は不要です。弊社では水井戸付きで土地をお渡しすることも可能です。水がいっぱいの贅沢な生活はいかがでしょうか。

道東の春

連休の最後に襟裳岬に行ってきました。母の生家が大樹町で、叔母が広尾に嫁いでいたので広尾までは子供の頃何度も行ったことがあったのですが、その先の黄金道路と襟裳岬は初めてです。黄金道路はそれを造るのに多額の費用がかかったことから名付けられたそうですが、海岸に迫る断崖絶壁に延々とトンネルを穿っていて、本当によくこんなところに道路を造ったものだと思いました。
さて、襟裳岬です。どうしても森進一さんの歌声が頭の中でリフレインします。「襟裳の春はなにもない」ことになっていましたが、周辺で風力発電の風車がブンブン回っているのが印象的でした。なんでもこのあたりが日本で一番風の強いところだそうです。そういえば「知床旅情」とか「霧の摩周湖」とか、北海道は有名なご当地ソングが多いことに気がつきました。北の最果ての地は歌になりやすいのでしょう。

全然話は変わりますが、家の近所で卵を抱えている丹頂鶴がいます。町道からすぐのところで、最初に気がついたのが4月20日ころですからもう3週間ほどになります。キツネもいるから襲われないのだろうかと心配ですが、無事孵ってほしいものです。今朝はツツドリの声を聞きました。ということはもう少しでカッコウもやって来るはず。

事務所の桜も咲いて、昨日はお花見をする予定でしたが、気温が一桁なので中止しました。なかなかすんなりと暖かくならない道東です。

北の生き物たち

甥と姪のいる小学生のバレーボールチームが全道大会で3位になりました。よく頑張りました。で、そのチームの名前が「弟子屈クッシーズ」といいます。平成も終わろうとしていますが、クッシーをリアルタイムで知っている人は間違いなく昭和の人です。
イギリス北部スコットランドのネス湖にいるとされた未確認の生物が「ネッシー」ですが、「クッシー」はその屈斜路湖版です。最初に騒ぎが起きたのは私が小学生の頃で、目撃情報が多く寄せられ、テレビ局が連日やってきました。でも当時の屈斜路湖はほぼ「死の湖」でした。というのも酸性が強く、魚もほとんどいなかったのです。現在は中性化が進み、放流されたマス類も増えて、釣りを楽しむ人も多く見かけるようになりました。ただ今も川湯の温泉街から屈斜路湖に流れ込む川の水は強酸性の温泉で、どうして中性化したのか、詳しいメカニズムはわかっていないようです。とにもかくにも一時のブームのせいで屈斜路湖畔の道道には「クッシー街道」の看板があります。地元の人でこの道をそう呼ぶ人はあまりいないと思いますが。

冬の季節、屈斜路湖の主役は白鳥です。釧路川の始まりである「眺湖橋」のあたりからコタン、砂湯にかけて見ることが出来ます。なんだか人慣れしているみたいで、結構近くに行っても逃げたりしません。

白鳥は弟子屈町のシンボル的な存在で、国道の弟子屈町への入り口にも白鳥のイラストのサインがあります。これは国道391号線、標茶町と弟子屈町の境にある標識です。
春と秋の渡りのシーズンには町内のあちこちで羽を休める白鳥を見かけます。丹頂鶴と白鳥、日本でももっとも大きい部類の野鳥が多く見られる道東です。

これは丹頂鶴の足跡。とっても大きいです。

クッシーを見ることは難しそうですが、弟子屈町周辺ではいろいろな野生動物を見ることが出来ます。エゾシカやキタキツネは車を運転しているとしょっちゅう出くわします。私の家にある鳥のえさ台にはエゾリスが時々やってきます。珍しいところでは、エゾモモンガやシマフクロウ、オジロワシなども見られます。自然いっぱいの道東にぜひお越しください。

地震と停電

地震が起きたのは午前3時過ぎでした。さすがに目が覚めて、結構大きな地震だとは思いましたが、それほど大事にはならないなとその時は思っていました。手元にスマホがあったので、震源地が苫小牧周辺の内陸部であることを知り、かなり遠方であること、太平洋の沖合ではないことから津波は無いなということで再び寝てしまいました。ですから、朝起きて停電していることを知ったとき、なんで?と思いました。それほどひどい揺れではなかったので、地震と停電を結びつけることができなかったのです。
当然のことながらテレビは見られないので、普段は使っていないラジオを引っ張り出してきました。スマホでもその朝はまだインターネットのニュースが見られました。その後だめになりましたが。
我が家の水は井戸水をポンプで加圧していますが、ポンプが作動しなくても自噴している井戸そのものの圧力でチョロチョロと水がでます。調理のコンロはプロパンガスなので、こちらは普段通り使えました。お湯を沸かしてコーヒーをいれ、パンはガスコンロで焼いて朝食をとり、とりあえず普段通りに出勤しました。しかし、停電ですからパソコンは使えず、電話もだめです。会社にいてもなにもできないので、社員は通電するまで自宅待機ということで帰ってもらいました。私は普段できない書類の整理などをしていたのですが、やがて父が会社に来ました。ぐっすり眠っていて地震に気がつかず、ラジオも聴いていない父は、なんで停電してるんだ?と私に尋ねる始末です。
会社は普通に水道が出ました。おそらく水源地が高いので高低差の圧力だけで水道は大丈夫だったのだと思います。結局この日は私も昼前に家に帰りました。ラジオのニュースでは停電が復旧するまで1週間くらいかかるかもしれないとのことで、これはかなり困ったことになったなぁと思いました。冷凍していたものが溶け出していたので、その夜はそうしたものを調理して食べました。しかし、結果的に食べきれずに破棄したものもありました。

翌日の朝も家では停電が続いていました。でも出社してみると思いがけず電気が来ていました。話を聞くと弟子屈町の中心部は前夜の11時頃には復旧していたそうです。結局、熊牛にある私の自宅が通電したのはその日の夜8時過ぎでした。都合41時間停電していたことになります。さっそく温泉を出してお風呂に入りました。電気のありがたみを痛感しました。

当初、テレビを見られなかったので、震源地の近くがどのような状況なのか理解できませんでしたが、ニュース画像を見るにつれ被害が甚大なことがわかりました。やはり画像の情報は大事です。

その後、本州の取引先の方々からお見舞いや安否確認のメール・お手紙をいただきました。ご心配いただき、ありがとうございます。当社のある弟子屈町は震源から遠かったので、地震の揺れによる被害は皆無でした。弟子屈町から震源の厚真町までは直線距離で230㎞ほどで、これは東京~名古屋間とほぼ同じ距離です。北海道は広いのです。

全国の市町村において、面積のランキングを見ると、弟子屈町は全体の73番目の広さで774.33平方キロメートル、お隣の標茶町は23番目で1099.37平方キロメートルあります。2町をあわせると1873.7平方キロメートルで、これは香川県の広さ1877平方キロメートルとほぼ同じです。

しかし、その広い北海道全域が、1つの発電所がダウンしただけで全域停電いやゆるブラックアウトになってしまいました。誰もこんなことが起こるとは思っていなかった、本当に想定外の出来事でした。不幸中の幸いは、真冬ではなかったことです。これが1月や2月だったら、寒さでもっともっとひどい事態になっていたはずです。今回の地震と停電で多くの教訓を得ました。子供の頃、所属していたボーイスカウトの標語「備えよ常に」を思い出しました。

いわゆる風評被害というので、観光地ではキャンセルが増えているそうです。北海道のほとんどの観光地は無傷です。北海道はこれからが一年でももっとも良い季節です。ぜひ、北海道にお越しください。「ふっこう割」も始まりました。

画像は青空が広がる熊牛の牧場と釧路の夕日です。

北海道の家はあたたかい

弊社のホームページでは,「おんどとり」での外気温のデータがリアルタイムでわかるようになっていますが,私の住んでいる熊牛原野の家でもおんどとりでデータをとっています.センサは4つ設置していて,居間の中央付近,窓際(建築の専門用語ではペリメーターゾーンといいます),床下の土間コンクリート,それと家の外です.居間の2つは温度と湿度を,あとの2つは温度のみです.床下のものは,私の家では温泉熱を利用して土間コンクリートを暖める床暖房にしているためで,床下の温度と室温との相関関係を知りたくて設置しました.外のは直射日光が当たらない北側の外壁に取り付けています.
今朝の最低気温は-18.3℃でした.去年のちょうど今頃にも同じような気温になったとのエントリーがあったから,例年並みなのかもしれません.画像は今朝の私の家の様子で,この分だとこのまま根雪になりそうです.

この1年を振り返ってみると,一番寒かったのが1月12日で,午前6時50分に-26.5℃を記録しています.

その時のおんどとりです.撮影したのはお散歩に行くときだったので7時40分ころですが,それでも気温はほぼ同じでした.気象庁のアメダスを見ていたら,この日の道内の最低気温は「根室中標津」(中標津空港)の-26.4℃でしたから,それよりも寒かったことになります.弟子屈町の市街地と比べても,私の住む熊牛原野は風が弱く放射冷却しやすいのでより気温は低くなりがちです.ちなみにこの日の朝の室温は19.9℃まで下がりました.本州ではもっともっと寒い室温で過ごしている方が多いと思いますが,我が家では普段から24℃前後をキープしているので,この日の朝は寒く感じました.
よく言われることですが,本州の人が北海道に来ると家の中はとても暖かいと言います.本来,北海道の家作りは厳しい寒さを克服するための戦いの歴史とも言え,高断熱高気密そして暖房設備を工夫してきました.今では冬でもシャツ一枚でビールを飲むのが普通になりました.暖かい部屋の中から厳寒の雪景色を眺める,それが今の北海道の家と言って差し支えないと思います.

天気が良い日は陽が入って暑いくらいになります.だれでもお昼寝したくなりますね.

 

樹氷

寒さが本格化してきました.今朝,私が住んでいる熊牛原野の最低気温は-18℃でした.今年一番の冷え込みです.それぐらいになると,朝のお散歩も完全装備で行かなければなりません.上着はダウンジャケット,下もオーバーズボンをはいて帽子に手袋をします.
これまでの経験だと気温が-25℃を下回ってくると,デジタルカメラも電池が働かなくなり写真が撮れなくなります.

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気温が下がる朝は雲がなく天気が良いときです.放射冷却するからです.画像は朝日が昇ってきて,樹氷がキラキラと輝いている様子です.寒い朝は決まってこうした光景が見られます.冬の景色もまた良いものです.

温泉源付きの格安物件

鶴居村の雪裡(せつり)という場所にある,温泉源付き物件のご案内です.広大な自然林に囲まれた敷地で,中古の建物と温泉源が付いています.建物は住むにはちょっと不便かもしれませんが,週末にお風呂を楽しみに来て寝泊まりする分には充分で,大きな内湯があります.

温泉源付き土地

建物の裏手が小高い丘になっていて,そこに上がると阿寒の山々が一望できます.現在はカラマツの木があってご覧のようにちょっと景色が見えにくいですが,これらの木を伐採すればすばらしい眺望が得られます.丘に登る道路を造成して,眺めのいいところに新たに家を新築するのも良いと思います.

阿寒の山々

別の場所で視界が開けているところで撮影したのがこの画像です.右手に雄阿寒岳,左手に日本百名山の一つ雌阿寒岳が見えます.
温泉はアルカリ性単純温泉で,46度のお湯が毎分400リットルも湧出します.これだけあれば複数の家で利用できます.


場所は釧路空港から車で1時間弱,道東道の阿寒インターチェンジからも40分ほどの距離です.

詳しい資料はこちらから.温泉源が付いてこの価格はお買い得です.

積雪

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昨日の昼間,雨だったのが夜になって雪に変わりました.今朝の道路はこんな状態でつるつるでした.今年はこれまでにもちらちらと降ることはありましたが,地面にたどり着いたらすぐに溶ける雪でした.積もったのは今年初めてです.

例年なら一日の平均気温がマイナスになるのは11月下旬ですが,今年は今月に入ってから毎日マイナスの日が続いています.9月頃は例年より温かかったけど,寒さは早めにやってきました.

明日,車のタイヤをスタッドレスに替えます.カラマツの葉も黄金色になりほぼ落ちかけています.いよいよ冬がやってきます.

初霜

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10月11日,朝起きて外を見ると草木が白くなり,朝日を浴びてきらきら輝いていました.初霜です.暖かい上着を着込んでお散歩に出かけました.うっすら霜をまとった草がとてもきれいでした.空気もひんやり澄んでいて,今の時期のお散歩はとても気持ちいいです.
ただ,今年は9月の気温が高めだったせいか木々の紅葉は例年より遅いです.

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こちらは昨日の屈斜路湖畔の様子.少し紅葉が始まっていますが,まだまだです.今週末くらいが一番の見頃でしょうか.
テレビのCMもストーブやスタッドレスタイヤのが俄然増えます.近づく冬を感じます.

釧路川と台風

屈斜路湖畔の倒木

8月の台風襲来で弟子屈町も木が倒れるなど,少なからず被害がありました.画像は屈斜路湖畔で木が倒れた様子です.今回はこのように根こそぎ倒れた木が多くありました.降り続く雨で地盤が緩んでいたところに強風が吹いたためだと思います.倒木の後始末はまだしばらくかかりそうです.

北見地方や十勝地方では河川の氾濫で大きな被害となっています.お見舞い申し上げます.弟子屈町を流れる釧路川は,幸い氾濫することはありませんでした.ただJR釧網線は塘路湖付近で線路の一部が冠水しているようで,ずっと運休したままです.より深刻なのは根室線で,橋が流されて復旧のめどが立たないということですから心配です.農業はもちろんのこと,物流が止まることによる経済全般への影響もこれから長期間続くものと思われます.

さて釧路川ですが,弟子屈町のある上流部は今回の大雨でもわかりましたが,極端な水位の上昇は無く,氾濫しにくいです.もっともこれまでに大規模な河川改修工事がなされてきた成果でもあるのですが.

私が生まれ育った家は釧路川のほとりにありました.窓を開けると川の流れる音がいつも聞こえました.川は大きく蛇行し,護岸も自然のままでした.大雨が降ると町外れではしばしば川が氾濫していました.しかし,河川改修工事が始まり,その家も取りこわしになったのが中学生の頃と記憶しています.実はその家があったあたりが,北海道開発局のライブカメラで見ることが出来ます.

ご覧のとおり立派な護岸がなされています.大道開発の社屋もこのすぐ近くで,私の座っている席の窓からもこの護岸が見えています.ある意味,人工的になりすぎて風情が無くなってしまったとも思えますが,水害を被ることを考えたらそんなことは言ってられません.

釧路川源流部

釧路川は日本最大のカルデラ湖屈斜路湖を起源とします.こちらがその源流部です.ある意味,屈斜路湖が緩衝地帯となり水位が一気に上がるのを防いでいるのかもしれません.
屈斜路湖の湖水は標高が120m,弟子屈町市街で100mですので,ここまでの80kmはゆるゆると流れていることになります.しかし,ここから標茶町市街までに一気に流れ落ちます.私の住む熊牛原野付近で標高50m,標茶町市街で30mですので,距離30kmの間に70mもの落差です.

釧路川橋から釧路川

これは熊牛原野にある釧路川橋で8月22日に撮影した画像です.台風の大雨が降るさなかですので,増水して濁流となっていますが,普段からこのあたりはかなりの急流です.釧路川は標茶を過ぎたあたりから釧路湿原の広い低湿地に入り,さらに集水面積が大きくなり,最後は釧路市街を通って太平洋に流れ込みます.結局,釧路川流域でもっとも災害の危険性が高いのは河口近くの釧路市街部です.今回はさほど目立った被害が無く,幸いでした.
温暖化の影響でしょうか,変則的な天候が増えつつあるように思います.元々,夏の台風にはあまり縁の無かった道東地方ですが,こんな年もあるのですから,油断なく準備が必要だということをあらためて感じています.